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Gary's Story


 

ゲリーの新刊本、『ビュイック・ドライバー 新次元の叡智』(徳間書店 坂本貢一訳 税込2,100円)が2008年8月28日に発売されました。オンラインショップにて、ご購入いただけます。 (アマゾンでも購入可能)

待望の『ビュイック・ドライバー 新次元の叡智』続編が、2009年5月20日に発売されました!『ビュイック・ドライバー アカシャ光の叡智』 (徳間書店 坂本貢一訳 税込1,995円)。オンラインショップでご購入いただけます。 (アマゾンで購入可能)

少年の頃のゲリーの詳細の体験が、あますところなく語られています! ゲリーファンにも、そして真実の自己に目覚めることを求める、叡智の道の探究者にとっても、読み応え十分の本です。ご興味のある方は、ぜひ読んでみてください。ストーリーとして、教えのテキストとして、何度読み返しても、きっとあなたのハートが何かを受け取ることでしょう。

 

ブックカバーより:

自分の意志で自由に体外離脱できるようになり、光の存在とともに時空を超えた冒険の旅に出たゲリー少年。このたびの途中で、彼のみずみずしい感性から発せられる疑問への答えは、よりよい人生を送るために必要な情報を、すべての人に提供してくれます。誰の中にも存在する“内なる神”へのアプローチを示しているのです。さあ、ゲリー少年と一緒に時空を超えた旅へと出かけましょう! あなたは、ファンタジックな冒険活劇を楽しみながら、大いなる宇宙意識へと導かれていくこととなるでしょう。新次元の扉は今、あなたへ向かって開かれようとしています! 過去や葛藤を手放し、“新次元の叡智”を手に“真実の自己”に目覚め、覚醒へと向かう第一歩を踏み出しましょう!

よしもとばなな(序文より)より:

この自伝小説を、もし、なにも疑問を持たずにほんとうにオープンな心で読むことができたら、その人は一度で覚醒する。この本は、そういうふうに秘密の書き方で書いてある。私にはわかる。あなたにもそれが訪れることを願ってやまない。

 

 

 

 私が5歳のときに、実の両親は離婚しました。両親はあらゆる点でまったく正反対の人間でした。たとえば、父はとても背が高かったけれども母はとても背が低かったし、父はアメリカ西海岸の生まれで、母は東海岸で生まれました。父は大変有能で、ほとんどすべてにおいて非常に知的で優れていました。一方、母は人生に対して非常に世俗的で実際的なアプローチをする人でした。こういった様々な違いのせいで二人はまったく共存できなかったのですが、結婚が彼らにとって次のステップだと思ったので結婚したのです。

 離婚後、母はすぐに別の人と結婚して、私も母と住むことになりましたが、新しく父となった人はアルコール中毒で、非常に暴力的な人間であるという事実を隠していたのです。継父は大工の親方であり、木材から何でも作ることができる人だと評価されていましたが、お酒を飲んだときには激怒し、暴力を振るいました。継父は、毎週金曜と土曜の夜には必ずといっていいほどお酒を飲んでひどい暴力を振るったので、少年時代の私は、彼の怒りと暴力から母と兄弟たちを守ろうとして大きくなりました。このような生活は6年間続いたのです。

 8歳の時、いつものように彼は激怒し、私をピストルで殴りつけました。彼にあまりにひどく殴られたことがきっかけで、その翌日私はそのとき初めて意識を持った状態で体外離脱を体験したのです。

 それは、実に驚くべき、すばらしい体験でした!

 この初めての意識的な体外離脱は割合幼い頃に起こりましたが、その時私は恐れから本当に自由になったのです。 次の日から、私は自分で意識的に体外離脱を試み、それは成功し、さまざまな体験を私にもたらしたのです。

 その間も家族に対する暴力は続いていました。でも、この体外離脱体験が私の感覚を非常に鋭敏にしてくれたために、自分と他の家族に対して、継父が何を思い、どのように振舞おうとしているのかが、私にわかるようになったのです。この能力は毎日の闘いに大いなる終止符を与えてくれました。私は彼にいろいろと策を弄して悪戯をしかけましたが、結果として、それは体外離脱した状態でもの動かす方法を学ぶことになったのです。彼は本当に怖がりましたが、私はむしろそれを見て楽しんでいました。

 しかし、その後、ある日曜日に、私にとっての本当の転機が突然訪れました。 その時、私は継父の仕事を手伝っていました。その日の朝、彼はとてもひどい気分で目覚めたので、当然のことのように、些細なことに腹を立てて私を殴り始めました。そのときも彼は、ひどく酔っていたのです。私は、思いました。彼と戦って、彼に暴力をやめさせるか、自分が死ぬかのどちらかだと。何度目かに殴りつけた時にそのまま地面に崩れ落ちた彼を、何度も何度も拾った木の板で打ちすえながら、「これは母さんを殴った分、これは弟の分」と、自分に言い聞かせていました。

 その時、声が聞こえてきました。 「もう十分です。 あなたはこの男を殺してはいけません」と。

 それは、とても心地のよい、そして限りなくやさしい女性の声でした。崩れ折れた彼の姿を見て、私の目は涙でいっぱいになり、身体は内側の深いところから押し寄せる嗚咽で震えていました。最後の一撃、そして涙と嗚咽とともに、私の中にあった怒りの炎や興奮の渦は消え去り、何も残っていないかのように、私の中は空っぽでした。

そして、そこにやってきた継父の仕事の同僚が、「仕事中に木材の束が彼の上に倒れてきた」せいでけがをしたということにして、彼を近くの病院の緊急治療室に彼を運びました。その時から、彼は私が近くにいない時にだけ、母や兄弟姉妹を殴るようになったのです。

 その後しばらくしてから、私はカリフォルニアに住んでいた実の父親に会うために家を離れました。けれども、結局、父とずっと住むことにはならず、私は父方の祖母と一緒に住むことになりました。彼女は、パラマハンサ・ヨガナンダの直弟子となっていました。そして、このときから私の叡智を探求する人生が始まったのです。

 幼い頃の暴力との闘いと、青年として振舞うために急激に大人にならなければならなかったことを除けば、私はこれまで極めて良い人生を送ってきたと言えるでしょう。私は、フルタイムの仕事しつつ学校に通い、且つ学期ごとに取得可能な最大の単位数を取ることを自分に課しました。

 その後、米国陸軍に徴兵されましたが、私自身は良心的兵役拒否者として過ごしました。その時の私の仕事は、誰もがその意義に納得していなかったベトナム戦争で殺された人たちの遺体を、家族のところに送り届けることでした。

 陸軍を退役後、私は心理学と哲学の上級学位を取得するために学校に戻りました。 学校を卒業した後、私はアカデミックな世界から遠ざかり、私の興味は小売業を営む会社を発展させることへと変わっていったのです。私は、すでに学んでいた神聖でスピリチュアルなすべての教えを、会社や仕事の方向性を決める経営理念に応用したのです。会社が急速に発展しチェーン店の数が35に達しました。その後、私とパートナーが会社を売却したのは1985年のことです。

 その時から、私は神秘主義の実践と形而上学の研究、そして「叡智の道」を教えることに専心してきました。8歳から得ていたアカシックレコードを読み取ることができる能力のおかげで、私の人間関係に影響を与えたカルマ的な要因を理解することができました。またそれは、人生の様々な段階において、私の霊的な道を導いてくれる力となってくれました。

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 1986年に、私はひとりの年老いた男性にたった一度だけ会いました。 彼は、自分自身のことを「ソロモンの長老(エルダー)」と呼び、非常に神秘的で謎めいたテキストを、本当に不思議な状況下で私に差し出したのです。そのテキストが『アトランティスの叡智』の基盤です。アトランティスコード・テキスト―「アトランティスの暗号」を現代に合う形に判読するのに10年以上かかりました。思考を現実化することを通して努力なしに生きる方法を私が学び始めたのは、その時からです。 それ以来、私を教え導いてくれた教師たちは、自分自身のために知りたいと切望する人なら誰とでも、この教えをシェアする権限を私に与えてくれたのです。



























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